立ち読みコーナー
目次
304ページ
プロローグ          5
一章 遠い記憶        16
二章 偽りの初夜       35
三章 夏至祭のあやまち    52
四章 王弟の執愛       98
五章 疑心          145
六章 戦勝舞踏会       175
七章 罪の証         233
八章 永遠の愛に抱かれて   261
エピローグ          292
あとがき           299
111ページ1行目~
「リュシアン……様……?」
 スッと手が伸びて、ほんの一触れ、シャルロットの頰を撫でた。思いつめた目をしているのに、口元には謎めいた微笑を浮かべている。これまで知っているリュシアンとまるで別人のようだった。
「覚えていますか、昔、貴女にプロポーズしたことを? 私には王位継承権を失ったことよりも、貴女と結婚したいという望みを絶たれたことの方が、ずっと痛手でした。私の望みは今も昔も変わってはいません……!」
 あの時のように、真摯な視線が正面からぶつかってくる。シャルロットはリュシアンの望みがわかったような気がして、慌てて身を引こうとした。だが、逃げようとする手を摑まれ、リュシアンの胸へと引き寄せられた。腰に手が添えられ、背に手のひらがまわる。
「あっ……!」
 抱擁に背中が軋んだ。身動きが取れなくなってしまう。
「貴女のことが……」
「だめ……それ以上、言っては……」
 シャルロットのか細い声は、熱情をぶつける言葉でかき消されてしまう。
「ずっと、好きでした! そして、再会してからはもっと! 何度も諦めようと思いました……兄上との結婚を祝福し、よき義弟になるように努めるべきだと……! でも、頭では理解していても、心は苦しくなるばかりで……そして、あの夏至祭の夜から、寝ても覚めても貴女のことしか考えられなくなってしまって……!」
 一度、紡いだ言葉を取り消すことはできない。
 昨日までの二人の関係が今のリュシアンの告白で壊れてしまった。
「なんでも願いをとおっしゃいましたよね? ならば、一度だけでいい。私の想いを遂げさせてください」
「それだけはいけません……他のことならなんでも……」
 シャルロットは腕の縛めから逃れようと、必死に身を捩った。
「そうしたら、この手帳を義姉上にお預けいたしましょう。義姉上だって男女の愛というものを何も知らないというわけでもないでしょう? 心が石でも氷でもないのなら、私の積年の想いに答えてくれてもよいではありませんか!」
 ずっと好きだったとありったけの熱情をぶつけられて、シャルロットも心を揺さぶられずにはいられない。だが、夫がありながら未だ処女であるシャルロットには、その一度が命取りなのだ。
「リュシアン様、落ち着いて。何を口走っているのか、よく考えてみてください。そんなこと、許されるはずはないではありませんか……貴方は神にお仕えする身で、私は王妃。それに、貴方は私の義弟ではありませんか……」
「そんなに、兄上を愛しているのですか?」
 シャルロットが拒絶するほど、リュシアンの封じられていた恋心は焚きつけられるようだった。しだいにまわしていた腕にぐっと力が籠り、身体ごと奪われるような熱い抱擁に変わる。
「あっ」
 背がしなり、足元が危うげに揺れた。勢い余って執務机の上に倒れ込むと、四肢を押さえつけられてしまう。細い手首はしっかりと机に押さえられていた。優美な印象を与えるリュシアンだが、こうして組み伏せられると、身体には重みと厚みがある。男の身体なのだと、当たり前のことを改めて思い知らされた。美しい顔が間近に迫り、熱を孕んだ視線がどこまでも追いすがってくる。
「あと少しで、他の男たちから貴女を永遠に遠ざけておけると思っていたのに。よりによって兄上に目の前で貴女を奪われてしまった! そして、望まない婚姻の司祭を務めさせられて、新婚の床の用意をして……あのシーツを見せられた時、私がどんなに、口惜しかったか、胸を掻きむしられるような思いだったか。貴女に想像もつかないでしょう?」
 リュシアンは日頃の冷静さなどかなぐり捨てて、激情を吐露した。
「だっ、だめ……!」