立ち読みコーナー
目次
288ページ
王家の秘事   5
あとがき    285
103ページ~
「わたしがいま、どれだけ嬉しいかわかるか……? ふたりきりで、ここで、おまえを腕に抱いて」
「……っ」
「わたしの妻にできることが、どれだけ嬉しいか……」
 重なり合う胸元から、どくどくと、互いの鼓動が響いて混じり合う。
 身体が溶けていく気がした。身体と——心に残っていたものが。
 もういい——と、声がする。
 もういい。
 なぜ自分が王女にとか、自分を欲する気持ちの在処も、もういい。
 出会いの経緯がどうであれ、自分を抱きしめるこの腕の持ち主を好きになった。
 セトウェルという名の王の息子。
 王女という冠を戴けば、この人の妻になれるというなら。
 妻になり、ずっとそばにいられるなら——……。
 ファティは自分の手に力を込めた。
「セトウェル様……!」
「ファティ」
 吐息とともに満足そうに名前を呼んだセトウェルは、片手を滑らせファティの膝裏に当て、軽々とそのまま持ち上げた。
 横抱きにされたファティが目を見開くと、微笑んだ顔が近づき、くすぐるように唇が頰をかすめていく。
「おまえはわたしのものだ。——わたしだけの、わたしのためだけの王女だ」
「は、はい……」
 内側で火が燃えているのではないだろうか、と疑うほど顔が熱い。全身に響く鼓動の激しさに、手足がカタカタとふるえだす。
 そんなファティをしっかりと抱えたまま、セトウェルは踵を返し、寝台へ足早に戻った。
 白い敷布の上に足を伸ばした格好で下ろされたが、落ち着かずに身体を起こすと、セトウェルがすぐに覆い被さるようにして両脇に手を突いてきた。
「あ……」
 翳ったその顔を見ることができず、目線を下げる。
 セトウェルは両手でファティをはさんだまま、寝台の縁に腰を下ろした。ギシッと軋む音がかすかに響く。香油とも軟膏とも違う匂いがふわりと鼻腔をかすめ、セトウェルの顔が重ねられた。
 少し開いたままだった唇に、啄むように口づけられる。
「……っ」
 全身をキュッと絞られたような痛みが走り、ファティは息を止め、きつく瞼を閉じた。
 竦む身体に硬い両腕が回され、その片手が髪を梳いて後頭部をつかんだ。そうして押さえられたまま、口づけはより親密なものになる。
「ん……っ」
 唇の合わせ目を舌先でなぞられ、反射的にピクッとふるえて開くのと、セトウェルの舌が差し込まれたのは同時だった。
 ひとつの生き物のように動き、性急に口腔内を征服される。驚いて縮こまった自分の舌に、セトウェルのそれが絡みついて、生々しい音を立ててすり合わされた。
 くぐもった声が漏れるのが、遠くに聞こえる。餌をねだる子猫のような細い声。
「ん、んん……」
 青年の熱く重い身体に押しつぶされ、淫らな音を立てて舌を絡められ、吸われ、息さえもできず。
 それも寝台の上で。ふたりきりで。
「ふ……ぅ……っ」
 強烈な日射しに焼かれているように全身が熱く、苦しさから必死で身をよじる。
 セトウェルの手の力がゆるみ、舌先が唇を舐めて離れた。
 鼻先が触れ合うほどの距離で見つめられ、目を閉じることもできずにいると、潤んだ目から涙がこぼれた。
「ファティ……」
 後頭部をつかんでいた手が外され、その親指でそっと拭われる。
「おまえが混乱しているのも、慣れていないのもわかっている」
 自分の指先についた雫をペロリと舐め取り、セトウェルは、またじわりと涙を滲ませるファティの目元に口づけた。
「——だが、だめだ。待ってやれない」