立ち読みコーナー
目次
288ページ
夜伽の苺は男装中 ~皇太子の内憂白書~   5
あとがき                  284
161ページ~
「クラールス。伽を命じる」
「…え……」
 伽、と聞こえた。伽って……。理解したクラーラは一瞬で顔を真っ赤にした。ルシアンの床の相手をしろと言われているのだ。だが次には青ざめた。自分の住む国の皇太子の命令だ。しかも、国王の容態によっては明日にでも新国王に就くかもしれない人だ。従わないわけにはいかない。第一に、王族の言葉は絶対なのだ。だけど。
(そ、そんなことしたらっ、わたしが女の子だって……っ)
 体を重ねるまでもない、服を脱いだだけで知られてしまう。クラーラは面と向かっていやだと言うこともできず、ただ首を振った。けれどルシアンは、微笑を浮かべてまた命じてきたのだ。
「クラールス。伽を命じている。脱げ」
「……っ」
 クラーラは強く首を振った。ルシアンは本気なのだと思った。
「クラールス。わたしの言うことが聞けぬというのか?」
「…っ、ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ、できません、ごめんなさいルシアン様…っ」
「皇太子の命に従えないというのか? クラールス。脱いで寝台に上がれ」
「ごめ、なさい…っ、できません、ごめんなさい……っ」
 クラーラはじりじりとあとじさった。ふっと微笑ったルシアンがゆっくりと寝台から立ち上がった。ビクッとしたクラーラは、杯を乗せていた盆を落とし、胸の前で手を握りしめて体を小さくした。ルシアンが近づいてくる。クラーラはあとじさり、あとじさり、ついに壁にぶつかって逃げ場を失った。ルシアンはゆっくりと距離を詰めてくる。クラーラはとうとう涙ぐみ、その場にうずくまった。
「ごめ、ごめんなさいルシアン様…っ、ごめんなさい、許してください……っ」
「クラールス」
「どうしても、どうしてもそれだけは、許してください、ごめんなさい……っ」
 ひくっとしゃくり上げた。ルシアンが嫌いだからではない。伽がいやだからでもない。ルシアンが好きだから、嘘をついて騙していることがつらかった。
 唇を嚙みしめて声を殺して泣いていると、ふいにルシアンに抱き上げられた。
「あ、あ、ルシアン様、ルシアン様…っ」
 皇太子相手に暴れて逃げるわけにもいかない。クラーラは体を硬くして、下ろしてください、許してくださいと懇願したが、無言のルシアンはクラーラを寝台に乗せると、そのままのしかかってきたのだ。
(ああ、もう駄目…っ)
 顔を覆ったクラーラの唇から、小さな嗚咽が洩れる。その時ルシアンの苦笑する気配がした。そっと髪を撫でられて、それだけでもビクッとクラーラが怯えると、小さなため息をこぼしたルシアンが言った。
「失敗した」
「……っ?」
「泣かせるつもりはなかった。許してほしい。……顔を見せて」
「あ……」
 ルシアンが優しく、顔を覆っていた手をどかす。クラーラの顔を見たルシアンは、眉を寄せると、申し訳なさそうな、でも若干の笑いも含んだ表情を見せ、クラーラの涙を指先でそっと拭ってくれた。
「本当に申し訳なかった。泣かせるつもりはなかったんだ。ただ、少し追い詰めればきみのほうから言ってくれると思っていた」
「な、ん……です、か……」
 なんのことだかわからなくて、クラーラは再び体を緊張させた。昼間、侯爵から責められたことが頭をよぎったのだ。まさかルシアンまで、父親からなにを言われているのかと聞いてくるのだろうかと怯えると、ルシアンはひどく優しくほほ笑んで言ったのだ。
「きみの本当の名前はなに?」