立ち読みコーナー
目次
280ページ
白バラの騎士と花嫁   5
あとがき        275
100ページ14行目~
「……アリシア、君に出会ってから、俺は君に目を奪われてばかりだ」
 ろうそくの暗い橙色がリチャードの瞳を照らす。その声は旅に出て以来ついぞ耳にしたことがないほど熱を帯び、低い。想いの強さがそのまま熱量になったようで、空気越しに伝わってくるそれにアリシアは睫の先を震わせる。
「初めて目を奪われたのは、君が兜を脱いだ瞬間だった。金色の髪が鎧の上を流れ落ちて、かき上げた髪の下から現れたのは彫像みたいに完璧な美貌で、目が離せなかった」
 囁きながら、リチャードがアリシアの腰を撫で下ろす。くすぐったいような、腰骨の奥が疼くような感触にアリシアはわずかに身をよじった。
 リチャードの唇が移動して、耳朶に熱い吐息がかかる。
「キスをして、泣かれたときも驚いた。怒られるのは覚悟していたけれど、泣いてしまうとは思っていなかったから」
 ごめん、と囁きリチャードが耳の端を口に含む。耳に触れられただけなのに、どうしてか体の中心がぐずぐずになった。真っ直ぐ立っていられない。
「鎧を脱いでドレスに着替えた君を見たときは、息が止まるかと思った。神々しくすらあったよ。舞踏会で君を人目に晒すのを躊躇したくらいだ」
 戯言だ。いつものように聞き流せばいい。そう思うのに、体は逐一リチャードの言葉に反応して、心臓が速く脈を打つ。全身をアルコールが駆け巡り、いつまで経っても酔いが冷めない。体は熱くなる一方だ。
「今もそんなに蕩けそうな顔をされて、どうやって目を逸らせばいいのかわからない。君は思いがけない顔ばかりする」
「こ、心にもないことを……」
「本心だ。君はとても美しくて、魅力的だ。俺がどれだけの理性をかき集めてこの場に踏みとどまっているか、わからない?」
 耳朶に軽く歯を立てられて、アリシアは切なく眉根を寄せた。痛いのでもくすぐったいのでもなく、体を内側からじりじりと火であぶられるようなこの感覚はなんだろう。
 底のない沼に足を呑み込まれていくようで、アリシアはリチャードの胸を押しのけた。
「口先だけなら、なんとでも言えます……」
「だったら態度で示せとでも? 男を甘く見て軽率なことを言うと怖い目に遭うよ」
 耳の襞を舌が這う。腰を撫でる手つきが前より大胆になった。
 それでもアリシアは、どうせ脅しだと心の中で吐き捨てる。無骨な鎧をまとう自分を綺麗だなどと、本心から口にする男がいるとも思えない。崩れそうになる足をなんとか踏み締め、リチャードを睨み上げる。
「できるものなら、遠慮なさらずにどうぞ」
 ここまで言えばリチャードも、冗談だよ、と弱り顔で両手を上げると思っていた。
 それほどまでにアリシアは、自分の容姿も魅力も正しく理解していなかったのだ。
 窓は閉まっているはずなのに、どこからか吹き込んだ風がろうそくの炎を揺らした。瞳の中に炎の揺らめきを宿したリチャードが、アリシアの顔を覗き込む。その顔は弱り果ててもいなければ、いつものように太平楽に笑ってもいなかった。
「——誘ったのは君だ」
 牙を持つ獣が喉の奥で唸るような声で言ったかと思うと、リチャードがアリシアを横抱きにする。アリシアの爪先が宙に浮き、ものの数歩でベッドの上に下ろされた。