立ち読みコーナー
目次
288ページ
仔ウサギちゃんいらっしゃい    5
あとがき             282
109ページ~
 絶対に妻にするぞ。もっとも、帰りたいと泣いても、帰すつもりはないが。
 なんだかんだと理由をつけて、北州に留めておこうと考えている。国王の兵が迎えに来ても、門前払いするつもりだ。
 王宮で初めて会った時から、マリーナと幸せな一生を送るのだとレオンは決めていた。
「そろそろ帰るか。旅の疲れも残っているだろう」
 抱き上げようとすると、マリーナは拒んだ。
「元気です。疲れていません」
 レオンの手を振りほどき、ひとりでずんずん歩きだす。
「あー、マリーナ、城はあっちだ」
「え?」
 振り返った顔がみるみる赤くなる。愛らしくてたまらない。
「おいで」
 レオンが手を出すと、肩を落としたマリーナは素直に手を繋いだ。ひとりでは帰れないと諦めたのだ。
 二人は城へ向かって歩きだした。ゆっくりしたいが、城では大騒ぎしていて、兄姉が捜索隊を出しているだろう。ここにいれば見つかるのも時間の問題だし、そろそろ帰らないと冷え込んでくる。
 ま、帰ったら大目玉だろうな。
 マリーナの足でも日が沈む前には城に着くだろう。間に合わなくなりそうなら、抱いて走ればいい。
「マリーナ、俺に聞きたいことはないか?なんでもいいぞ」
 遊歩道を歩きながら、レオンはマリーナに話しかける。
 俺のことをもっと知って欲しい。知れば絶対に好きになるはずだ。
 レオンは自信を持っていた。嫌われるなどと、これっぽっちも思っていない。
「急におっしゃられても…」
「何かあるだろう」
「あ…」
「なんだ、なんでも聞いてくれ!」
 レオンは身を乗り出す。
「この木はなんという名ですか?」
「は?」
 ずっこけそうになった。マリーナが興味深げに見ているのは、レオンではなくイチイの生け垣だったのだ。
「寒いところでは落葉すると聞きました。なのに、この木は青々としています。このちくちくと尖っているのが葉っぱなのですか?」
「これはイチイだ。これが多分葉だろう。秋には赤い実がなる」
「緑色に映えて、きれいでしょうね」
 マリーナは飛び出ているイチイの葉を指で突いたり、摘んだりしている。
 ぐぬぬ。
 イチイに嫉妬して、明日にでも垣根を切ってしまおうかと思う。
「他にはないのか?」
「あれはなんですか?」
 また木か。
「たしか、ヒバだ。ニオイヒバという」
「ニオイヒバ。匂いがするのですか?」
「トーニ姉上は、南州で育つレモンという果実に似た香りだと言っていた。旨いのか?」
「レモンの果実は酸っぱいのですが、砂糖漬けにして食べると美味しいです。さわやかなとてもいい香りがします」
「ニオイヒバの葉は風呂に入れて香りを楽しんだりする。試してみろ」
「はい。では、あの三角の形に並んでいるのは?」
 聞いてくるのは木のことばかり。
 面白くない。
「俺のことはちっとも聞いてくれないのだな」
 不貞腐れると、マリーナはぱちぱちと瞬きして、うふふっ、と笑った。
 寒々とした庭に、可憐な花が一輪、咲いたようだ。
 こんなことで笑うのか。なんだ。そうか。
「やっと笑ったな」
 レオンが破顔すると、マリーナは眩しそうに目を細める。
「いつもそうして笑っていろ」