立ち読みコーナー
目次
312ページ
殿下のお子ではありません!     5
野性のマリー            287
あとがき              310
194ページ~
「いい子のマリーちゃんから、ママを奪ってしまおう。今この時間だけ……」
言葉を失ったアニエスの唇が、再び貪るような勢いで奪われた。
唇から伝わる激しい欲望が、痺れ薬のようにアニエスの抵抗力を溶かしてゆく。
吐息が絡まるたびに、彼のたくましい身体に、自分の身体が吸い寄せられていくように感じられる。
「ごめん、こんな真似をして。でも僕は君が本当に好きだ。何もかもめちゃくちゃになった過去の時間をもう一度取り戻したくて」
アニエスをかき抱き、クロードがうわごとのように言う。
「愛してる。人生において、本当に愛せる人には滅多に出会えない。そんな相手に出会えたのなら、僕はいくらでも強欲になる。そういう人間だということを忘れないで」
アニエスの身体が軽々と抱き上げられた。マリーを肩車するときも苦もなく持ち上げていたけれど、しなやかな見かけによらず彼はかなりの力持ちなのだ。
 ─って!何を唯々諾々と流されているの、私……駄目よ、こんなことは駄目だって断らなきゃ……!
そう思うのに、アニエスはなぜか抗えないままだった。
クロードに抱き上げられ、私室の一番奥にある寝所に運ばれ、ベッドに下ろされて、部屋に施錠されてしまう。
彼の意図するところを悟り、アニエスは震えながら首を振った。
「ご、ごめんなさい、駄目、わ、私には貴方の相手は無理なの。王族の権利を捨てるなんて……きっと取り返しがつかないわ、だから、マリーのことだけお願いさせて」
アニエスを見下ろすクロードの表情は、今までに見たことがないようなものだった。
優しく美しいのは変わらないのに、かすかな不安をあおられる。
まるでこのまま噛みつかれて、一飲みにでもされてしまいそうな……無意識に指を組み合わせたアニエスに、クロードは言った。
「マリーちゃんは僕にとっても宝物だよ。生涯をかけてあの子を守ることを神の名にかけて君に誓う。だけどその前に、すべて君あってこそなんだ。君がいない未来に、僕とマリーちゃんの幸福なんて存在しない」
アニエスの目に、じわりと涙が滲んだ。
自分だってクロードとマリーと、三人で幸せになりたいからだ。
ずっとずっと夢見てきた。
マリーに優しいパパがいて、自分には愛する夫がいる生活を。
だが、そのどちらかしか選べないならば、マリーを優先するのは当たり前のことだ。
「でも、私、怖い……私なんかがクロードの人生を大きく変えてしまうなんて、怖くて……」
やっとの思いでそう言うと、クロードがわずかに目を細めた。
「ありがとう、やっぱりアニエスは優しいな。……こんなきゃしゃな手でマリーちゃんを守ってきた君のほうがずっと辛かっただろうに、僕を思いやってくれるなんて」
アニエスの手を取り、指に口づけして、クロードがうっとりした口調で呟く。
その唇が指先から手の甲、手首へとゆっくり下りてくる。くすぐったさと羞恥心に、アニエスは小さく息を飲む。
「もっと触れてかまわない?」
からかうように尋ねられ、アニエスは思わず頷いてしまった。
だんだんと顔がほてってくる。
なぜ彼を受け入れようとしているのだろう、そう思いながらも、続きに淡い期待を抱いてしまっている自分に気づかされる。
「ああ、可愛いな、すぐに薔薇色になるこの白い肌……」
クロードの指先がアニエスの頬をなぞる。
「マリーちゃんが、ママは可愛いって絶賛し続けるのも当たり前だ。だって君は……こんなに可愛いんだから」
再び唇を奪われ、アニエスはそっと奥歯を噛みしめる。
……拒むことはできない。
そのことを、クロードのぬくもりで改めて悟らされた。
長い指が、アニエスのまとうドレスをゆるゆると紐解いていく。