立ち読みコーナー
目次
264ページ
序章 最初の言葉         5
一章 騎士との出会い       12
二章 結婚と最初の夜       42
三章 結婚の爪痕         81 
四章 新しい生活と惹かれる想い  116
五章 妻の追跡と不穏な手紙    137
六章 夫婦喧嘩とかどわかし    156
七章 降嫁の秘密と泥棒猫     191
終章 最後の言葉         251
あとがき             260
56ページ~
「アメリア様……とうとう、とうとうこの日がやって来ました!もう夢に見すぎてどこから現実なのかわからなくなったほどで目を閉じると目の前にアメリア様がいらっしゃる幸運に振り回されていましたが、それもこの日の予行演習だったのかもしれません」
「…………」
 言っていることがよくわからなくなってきた。
 アメリアは驚いた顔に、口元に笑みだけを浮かべた表情で固まっていたが、リクハルドは気にしないらしく、手を取って大きな手のひらの中に包み込む。
「夢じゃない……本当に、アメリア様だ……」
 じわりと温かい体温が指先から伝わってくる。
 感極まったように、震えているような声で囁くリクハルドに、まさか泣いているのでは、とアメリアは少し俯いた顔を覗き込もうとするが、すぐにリクハルドの顔が仰いでくる。
「アメリア様」
「は……い」
 真剣な顔で、熱の籠もった目で見つめられると、アメリアも緊張を思い出し頬が紅潮する。
「……お慕いしています。これからも、この先も、ずっと」
「…………はい」
 その想いに、どう応えればいいのか。
 リクハルドがどうあれ、アメリアは本当に今日が初対面の相手だ。
 結婚するとわかっていたものの、結婚したからといって好き合う関係になるとは思っていない。そのあたりも、これまで淑女の会で聞いてきたおかげでわかっているつもりだった。
 けれど、ちょっと暴走する癖があるようだが、こんなにも一途に想いを告げられて、好意はあるものの同じだけ「好きだ」と返せないアメリアは、リクハルドに何をしてあげられるのだろう。
 女王になるのだと心に決め、邁進していた。
 女としての幸せよりも、国の繁栄のための結婚を考えてきた。
 どんな相手でも、利益があるなら夫婦としてやっていけるだろうとも思っていた。
 しかし今は、これまで考えてきたことのすべてが一新してしまうような状況だ。
 王宮から出ることができた。
 自由に外を見て回ることができた。
 机上でしか知らない自分の国を、この目で見ることができた。
 そして、夫に愛される立場になった。
 もしかして、私、すごく幸運な人生を送るのかも─?
 アメリアはリクハルドと一緒に生きていく、という未来を思い描いてみることにした。
 いや、そんな未来が楽しそうだという気持ちがすでにあった。
 この気持ちが、リクハルドの想いと同じなのかはわからないけれど、応えたい気持ちはある。
 アメリアは握られた手に力を込めて、どうにか伝えたいと口を開いた。
「リクハルド様……私に敬称はもう必要ありません。敬語だって、要りません。私たちは……結婚したのだから」
 それで伝わるだろうか、とどうにか紡いだ言葉は、リクハルドに伝わったようだ。
 真剣な顔がぱあっと輝かんばかりに綻んで、勢いよくアメリアに向かって来たからだ。
「アメリア!」
「っきゃあ!?」
 その勢いのまま倒れ込んだ先は、寝台の上だ。
 ちょっと突然だ、と思った次の瞬間に、アメリアの唇は塞がっていた。
 目の前に彫りの深い目がある。
 閉じられた目が一度開き、真っ黒な瞳がアメリアを覗き込み、アメリアだけを映したかと思うと唇が離れた。
そして、もう一度角度を変えて唇が重なった。
「─ん」
 リクハルドは唇も熱かった。
 閉じた唇を塞がれ、苦しい、と顔をずらすようにして開けば、それを追って口腔に熱いものが潜り込んでくる。
 口の中で蠢くものが、リクハルドの舌だと気づいたのは、かなり後のことだ。
「ん、ん……っ」
 ものすごい勢いで、進んでいる気がした。
 それに怯えがないわけではない。微かに震える身体を、リクハルドの大きな手が伝い、撫でる。肩から腕に、腰から足に、背中に回された後で、壊れるかと思うほどぎゅうっと抱きしめられた。
「んんっ、ふ、あ、リク、ハルド、様?」
 ようやく唇が解放されたけれど、いろんなもので濡れている気がする。
 リクハルドは、アメリアを抱きしめたままごろりと転がって今度は自分が下になった。
 覆いかぶさっていたリクハルドとは違い、完全に身体が重なっている。
 重くないだろうか、とアメリアが心配しても、リクハルドは手を緩めないままアメリアの胸元に顔を埋めて動かない。
「リクハルド様?」
「……やわらか」
「え?」
「敬称は、僕にも必要ない……アメリア、名前を、呼んで」
 甘えたような声に、アメリアは一人称も変わったことに気づいた。
 行動も甘えている様子そのものだ。
 まるで子供が、母親の腕を離さないのと同じに思えた。
 この時、自分より大きな男が可愛く思え、アメリアは目を細めた。黒い髪の額の生え際を見下ろし、そっと手で撫でる。
「……リクハルド─んっ」
 名前を呼んだだけで、さらに抱擁が強くなった。
 これ以上は絞め殺されるのでは、と焦ったところで腕が緩み、胸に埋まった顔がそこで動き始める。
「ん、あっ!?」
  子供のようだと思ったけれど、子供などではない。
赤子でない限り、そんなところは口にしないからだ。
「あ、ちょ……っん!やんっ」
 見下ろしているせいで、リクハルドの口に向かっているような胸の先を、そのまま含まれて舌で転がされる。
 先ほどまで、口腔を弄っていた器用な舌が、今度はアメリアの胸を嬲る。