立ち読みコーナー
目次
272ページ
わがまま男爵の愛寵   ……5
あとがき        ……269
(43ページ〜)
「顔、上げろよ」
 言われて、いやいや顔を上げる。すると、なにかを見たギルバードがチッと舌打ちした。目を眇(すが)めアンジェラの腕を掴み、強引に執務机に仰向けに押し倒す。その拍子に眼鏡がはじけ飛んだ。ひやりとした木の感触の冷たさに「ひ…っ」と声が零れる。起き上がろうとすれば、ギルバードが覆い被さってきた。
「や……!」
 思わず腕を振り上げて抵抗する。が、その手はあっさりと拘束され、机に縫いつけられた。
「なにす……んんっ!?」
 次の瞬間、掬(すく)い上げるように唇を奪われた。
 見開いた目に、伏せられた長い睫毛(まつげ)と、シャープな頬のラインが映り込む。押し当てられた柔らかい感触になにが起こったのかわからなかった。
 愕然としたのも一時、我に返ったアンジェラは組み敷く体から抜け出そうともがいた。
「ん、んん――っ」
 しかし、すぐに深くなった口づけで押し止められる。机に縫いつけられた手はぴくりとも動かなかった。なんて強い力なの。
 首を振り嫌がっても、足をばたつかせてもギルバードの唇は執拗(しつよう)に追いかけてくる。
「ん……ぁっ」
 息の仕方も知らないアンジェラは、酸素を求めて微かに唇を開いた。それが更なる恐怖を呼び込むとも知らず、目の前の苦しみからの解放を求めた。途端、なにかがするりと滑り込んできた。
 肉厚の感触が舌に触れる。逃げれば追いかけられて、搦(から)め捕(と)られた。それがギルバードの舌だと知った時の恐怖であの日の忌まわしい記憶が蘇(よみがえ)ってきた。
(二度も、こんな男にっ!!)
 唇を触れ合わせるだけが口づけだと思っていたアンジェラにとって、ギルバードとの行為は衝撃的すぎたのだ。
 ただ怖くて、怖くて。口腔(こうこう)を蹂躪(じゆうりん)される恐怖に震え上がり、夢中で彼の舌を噛んだ。
「――っ痛」
 じわり…と口の中に鉄の味が広がる。唇が離れたと同時に、思いきり体をばたつかせギルバードの体を押しやった。
「恥知らず! 女なら本当に誰でもいいのねっ!!」
「口の利き方がなってないな、俺たちは対等じゃない。そのことをよく覚えておけ、いいな」