立ち読みコーナー
目次
304ページ
王女、遺跡探検へ行く     5
あとがき           292
88ページ~
 ナディアの肩に置こうとしたソロンの手を、ナディアは避けた。
 母のように、恋をして結婚できるとは思っていない。けれど、結婚した相手と一緒に暮らすうち、その人のことが愛おしくなると考えていた。そして、相手もきっと自分のことを好きになってくれるし、二人で幸せになれるはずだ、と。
 自分の未来を想像し、そんな夢を見ていたのはいくつの時までだっただろう。
 相手が見つからない今となっては、現実味のないただの夢だった。
「お祖父様がいらした頃にあったいくつかのお話も、亡くなってからはなしのつぶて。父の噂でモノリはハニカムの中で浮いてしまっているし、モノリは貧乏だから、来てくださる方なんていないんです! 金貨が湧き出る壺を探すほうが、簡単だって思えるほどなんです!」
 話しているうちどんどん興奮してきて、目頭が痛くなってくる。
「君の気持ちはわかった」
「いいえ!」
 きっぱり否定して、ソロンから視線を外した。
「ソロン様は魔法使いだから、おわかりにならないんです!」
「そんなことはないぞ」
 ナディアは激しく頭を振った。
「夜会に行っても、遠巻きにひそひそ噂されるばっかり。どなたもダンスを申し込んでくださらない私の気持ちなんて…」
 膝の上に置いた両手で、ナディアはズボンを握りしめた。
 踊るのが好きなナディアは、夜会を楽しみにしていたのだ。なのに、注目は浴びても、誰にも顧られない。時代遅れで、風化して消えてしまいそうなモノリ。自分もモノリと同じ未来をたどるのだ、と悲しくなる。
 城では明るく振る舞っていても、日々、祖父の肖像画への愚痴は増える一方だ。
 私は惨(みじ)めな王女。
 ナディアはしゃくり上げた。涙がとめどなく溢れてきて、嗚咽が止まらなくなってしまう。
「何も泣かなくてもいいだろう」
 泣きたくはない。泣けば、さらに惨めになるだけだから。
「止まらな…ん、ですも…の、うっ…ふぅぅっ」
「ああ、もう泣くな」
 面倒臭そうに言うソロンに、ナディアは余計に悲しくなって俯いた。
 すると、ソロンが身体を寄せてきて、下から顔を押し上げるようにしてちゅっと唇を啄ばんだ。
「そ、ソロンさ…きゃっ」
 そして、ナディアの身体を軽々膝に抱え上げると、ナディアを宥めるような口づけをした。
「ソ…、ん、んん…んっ」
 名前を呼びたくても呻くことしかできない。柔らかなソロンの唇が、ナディアの唇を覆っているからだ。
 ソロン様が、私に…。
  抗うと、身動きできないほど強く抱きしめられた。ソロンの腕の中にすっぽりと収まってしまうナディアの抵抗など、毛ほども感じていないようだ。
 ソロンの吐息が頰を撫でていく。唇を甘嚙みされたナディアの首筋が総毛立った。
 背中がぞくぞくして…。
 ソロンはナディアの唇を何度か食むと、上から覆い被さるような体勢で深く口づけて、ナディアの口腔に舌を差し込んできた。
 し、舌がっ! 
 口づけってこんなふうであんなふうで、とフルールと話をしたことがある。
 唇を触れ合せ、啄んだり吸ったり、互いの舌を絡ませたりもするのだという知識だけはあって、二人は未来の恋人との口づけを想像し、照れて顔を赤らめ、憧れと期待に胸膨らませていた。
 だが、実際の口づけは、ナディアが想像していたものとはまったく違った。
 だって、さっきのは…。
 唇を啄まれた時は、恥ずかしくて、ときめいて、ふわふわしていた。口づけは、ふわふわがずっと続くのだと思っていた。けれど…。
「んふぅ…、っ…」
 こんなに生々しいものなのだとは思わなかった。
 ソロンの舌はナディアの口腔内を縦横無尽に動き回り、上顎の裏や舌の根元などに舌先を擦りつけてくる。縮こまったナディアの舌に絡みつき、弄ぶのだ。
 これが本当の口づけ…?