立ち読みコーナー
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プロローグ

 サレス王国の未亡人の地位は、弱く儚い。
 男性は強く、女性は強い男性に守られるべき、という価値観がまかりとおっているからだ。
 他の列強諸国は、もう少し女性が強いらしい。
『会社』で働く女性や、執筆活動をし、女性ながらも本を出版する人間もいると聞く。
 けれど、エリーゼには夢の世界の話だ。
 今のエリーゼは豪奢な宮殿の一室に監禁され、日も夜もなく『王太子殿下の夜のご指南』をする身の上なのだから……。
 たっぷりとレースを使ったカーテン、一つ一つの柄が金泥で丹念に描かれた壁紙、北部地方の最高級の木材を磨き上げた家具、天井から釣られた瑠璃硝子のシャンデリア。
 どんなに美しい品物も、エリーゼの心を慰めはしない。
「あぁっ……だめ、グレイル様、だめ……だめっ、あぁ……っ」
 エリーゼは全裸で逞しい男の膝の上に向かい合って乗せられていた。
 肌は汗ばみ、自分の身体が立てる淫靡な蜜音を聞きながら、ひたすら喘がされている。
「お願い、抜いて、今日は、する日じゃ……あぁ……」
 エリーゼの淡い緑の目から、大粒の涙がこぼれた。
 力強い手に細腰を掴まれ、上下に揺さぶられながら、エリーゼはいやいやと首を振る。そのたびに、柔らかな金の髪がふわふわと揺れた。
 エリーゼを抱いている男は、この国の王太子。
 有能で将来を嘱望され、国中の女たちの憧れを一身に集める、王太子グレイルだ。
 グレイルの長い指は、片時も離すまいとばかりに、エリーゼの柔らかな尻に食い込んでいる。お互いの肌は汗ばみ、甘い快楽に輝くように火照っていた。
「嫌……そんなに……何度も……奥……っ……」
「何が嫌なんだ、こんなに可愛い声を出して、俺に反応しておきながら」
 グレイルは美貌を歪ませ、絞り出すように言う。
 艶やかな金灰色の髪が額に張りつき、グレイルの精悍な顔を凄艶に彩っている。
「エリーゼ、顔を上げろ」
 涙に潤んだ目で、エリーゼはグレイルの金褐色の目を見つめる。猛禽のような鋭い目は、エリーゼの顔しか映していない。
 サレス王国王太子、グレイル殿下の閨のご指南係。
 それが『未亡人』エリーゼに与えられた『業務』だ。
 最近は、毎晩グレイルに抱かれ、声が嗄れるまで抱きつぶされて、熱い欲望を注がれ、解放してもらえない。
「っ、あ、もう動かさないで……おねが……あぅ……」
 ぐしゃぐしゃに乱れて顔に降りかかった髪の隙間から、グレイルの引き締まった顔が見えた。彼の目には獣じみた光が浮かんでいる。エリーゼを食い尽くすことしか考えていないような、貪欲な光だ。
「いい反応だ、そんなに乱れて。お前は夫ともこんなふうに番い合ったのか?」
 焼けつくような嫉妬がグレイルの声に滲んでいた。
 エリーゼは無言で首を振る。
 ——私は……グレイル様以外の人と肌を合わせたことなどないのに……。
 ご指南係として初めての夜、エリーゼの処女を奪ったのはグレイルだ。彼がそのことに気づいたかどうか、エリーゼにはわからない。
「んっ、あぁぁぁっ!」
 逞しい欲塊にずんと奥を突かれ、エリーゼはたまらずに背中を反らせて嬌声を漏らす。
 むき出しの乳房がぷるんと揺れ、番い合う場所からは、熱い滴が伝い落ちるのがわかった。
「あ……あ……もう、いや……」
 息が乱れ、下腹部が抑えがたく波打った。
 強引に開かされた脚は、エリーゼの意思とは無関係に、弱々しく震えていた。
 不慣れな身体で肉杭を喰い締めながら、エリーゼは逞しい胸板にもたれかかる。
 目の前がくらくらした。
 力が入らず、身体を支えることもできない。
「お願い……中はだめ……抜いて……抜いて、くだ……あ、あぁぁっ」
 グレイルに縋りつく身体が、絶頂の波に洗われ、小刻みに震え出す。
「……いや、抜かない、孕ませるまでやめない」
 エリーゼの痩せた腰に強く腕を回し、グレイルがうめくように言った。
 低い声には、隠しようのない執着が滲んでいる。
「お前は一生、俺にだけ抱かれていればいいんだ、そうだよな?」
「あ……あ……それは……あぁっ」
 ぐちゅぬちゅと淫らな音を立てて肉槍を食い締めながら、エリーゼは最後の理性を振り絞り、首を横に振る。
 涙が頬を通り越し、喉を流れて乳房を濡らす。
 快楽で啼かされて溢れた涙ではない。心の痛みが流した涙だ。
 ——王太子妃様になるのは……私ではないのに……。
 グレイルには未来がある。
 清らかな王太子妃を迎え、国民に祝福され、いつかサレス王国を継ぐ未来が。この関係だって、いつまで許されるのか……。
 ——でも……私は……今のグレイル様をお一人には……。
「俺が一生と言ったら、一生だ」
 グレイルの声が苛立ちにかすれる。
 同時に、エリーゼを揺さぶる動きが激しさを増した。
 エリーゼはぎこちなく腰を揺すり、グレイルの首筋にしがみつく。
「ん、あ……あ……」
 さらに強く抱き込まれ、引き締まった胸板で、エリーゼの乳房がつぶれた。
 硬く尖った乳嘴が刺激されて、疼痛に似た感覚が身体の芯を駆け抜ける。
「やぁっ、あぁぁ……っ……」
 グレイルの腕の中に捕らわれ、奥まで身体を貫かれながら、エリーゼは与えられる愉悦に身悶(みもだ)えした。
 エリーゼを穿ち続けていたグレイルの息が、不規則に揺らぎ始める。
「……っ……エリーゼ、お前の中に……」
「あ……だ……駄目……」
 グレイルの言葉に、もうろうとしていたエリーゼは我に返った。
 侍女から渡された避妊薬は成分が強く、週二回しか服用できない。
 抱かれる回数が多すぎて、服用量はとっくに超えてしまっている。
 ——週二回以上飲んだら、駄目だと……。
 そこまで必死に考えたとき、エリーゼの身体はつぶれるくらい激しく抱きしめられた。
「なんでそんなふうに遠い目をする。俺以外の男のことを考えるな」
 ——どうしよう、どうしよう、違うわ……他の男の人のことなんて考えてない……。
 虚しい言葉が頭の中で繰り返される。
 だがエリーゼの身体は、グレイルを歓迎するかのように蠕動し、うねって、ますます彼自身を搾り取るように動く。
「ひっ……あ……あぁ……だ……め……」
 目の前に無数の白い星が散り、エリーゼの全身がわななく。
「いや、いやあぁ……!」
 びくびくと膣奥をひくつかせるエリーゼを膝上に抱きしめたまま、グレイルが満ち足りたように頭に頬ずりする。
「ウィレムなんてもう忘れろ」
 振り絞るような声と共に、身体を貫く杭がドクドクと脈打ち、エリーゼの奥に熱い白濁が吐き出された。
 エリーゼの目から再び悲しみの涙が溢れ出す。
 ——言えない。夫が、ウィレムが、本当は『女の子』だったなんて言えない!
 熱い身体に抱きすくめられたまま、エリーゼはハラハラと涙を流す。
 おびただしい白濁は腹の奥に広がり、エリーゼの身体をグレイルの色に染め上げていく。
 エリーゼは何も言えず、グレイルと繋がり合ったまま唇を噛みしめた。
 この国は、男性だけに権利の偏った国だ。
 宗教上も、同性愛はご法度とされている。
 もちろん人知れず、同性同士で愛し合うものたちはいても、公的な場に出れば弾劾の対象になり得るのだ。
 エリーゼは、同性愛者の従兄、ウィレムを助けたかった。
 完璧な『紳士』の仮面をかぶることに苦しみ続けていた従兄ウィレム。
 心の中身は、エリーゼよりずっと優しく可愛い女の子だったウィレムを。
 ——ウィレムの名誉に賭けて言えないわ……! ウィレムは命がけで、素晴らしい騎士として、理想の貴公子として振る舞っていたの。本当は、辛くてたまらなかったのに……。彼の覚悟を、私が勝手に汚せないわ……。
 グレイルに、本当のことを言えたらどれだけ楽だろう。
 美青年で国中の令嬢の憧れだった私の夫、ウィレム・バートンは、女の子なんです、と。
 身体は男性でも中身は女性なんです、もちろん私との肉体関係も皆無です、と。
 ——そんなことを口外したら、ウィレムが社会から排斥されてしまう……。
 激しい性交に疲れ切ったエリーゼの意識が、だんだんと薄れていく。
 グレイルはエリーゼを抱いたまま、ひどく優しい声で言った。
「早くお前が俺だけのものになればいいな……いや、もう俺のものだ、子供ができたらずっと一緒にいられる。そうだよな、エリーゼ」
「な……何言って……あ……」
 グレイルの心が日に日に崩れていくのが不安で、エリーゼは身体を震わせる。
 ——私は、グレイル様をお支えしたかっただけなのに……。
 エリーゼの頭を愛おしげに抱え込み、グレイルは乱れる息と共に囁きかけた。
「お前はずっと、俺のそばにいてくれるんだろう?」


第一章

 エリーゼは、ストラウト侯爵家の一人娘として生まれた。
 ストラウト家は古くからある名門だが、暮らしぶりは質素だった。
 両親は他の貴族のように手広く商売をすることもなく、領地経営と王都での慈善活動にいそしんでいた。
 優しい父と美しい母に愛され、質素堅実をよしとする家風の元、穏やかに暮らす日々に一陣の風が吹いたのは、八歳の時。
 突然、王宮から手紙が届いたのだ。
 金箔で彩られた手紙には、『ストラウト侯爵様のもとには、奥様の美貌を受け継ぐ愛らしいお嬢様がいる』という噂を聞きました。エリーゼお嬢様を王太子妃候補のお一人にと考えているのですが、いかがでしょうか。つきましては一度、王太子殿下のお茶会においでになりませんか?』と書かれていた。
 手紙を読んだ父は苦笑して、母とエリーゼに告げた。
「王太子殿下の婚約者候補には、他にも有力なご令嬢の名前が挙がっている。エリーゼの候補者順位は一番最後だろうね」
 しかし優しい父は、この機会に、娘に珍しい体験をさせてあげようと思ったようだ。
「けれど国王陛下が、我が家のように、地道に活動する貴族にも目をかけてくださったことが喜ばしい。それに、あちらからのお招きであれば、普段は伺えないような王宮の奥を見学できるよ」
 父は申し出をありがたく拝命すると決め、返事をした。しばらく後に招待状が送られてきて、父母とエリーゼは、共に王宮に向かうことになった。
 母が用意してくれたのは、桃色の造花が裾にたっぷり縫いつけられたドレスだ。
 エリーゼは馬車の中で何度もドレスをつまんでは、裾に縫いつけられた花を確かめた。
「お父様、こんなにお花がついたドレス、初めて着るわ」
 ニコニコするエリーゼに、父母も相好を崩す。
「さすがお母様だね、エリーゼに一番似合う服を間違いなく選んでくれた。君は髪の色が淡いから、優しい色がよく似合う」
 父は誇らしげに言い、エリーゼの額に口づけをした。
 やがて馬車は王宮の門にさしかかり、壮麗な迎賓門から正宮殿の車寄せに到着した。
「ストラウト侯爵閣下、それから奥様、お嬢様。ようこそいらっしゃいました」
 金ぴかの制服を着た立派な衛兵に案内されたのは、王族が賓客を招くための迎賓室だった。
 窓の外には大輪の花が咲き乱れ、壁には素晴らしい絵が飾られている。
 水晶のシャンデリアは、キラキラと虹色の光を放っていた。
 ——夢の国みたい!
 目を輝かせるエリーゼに、父は明るい笑顔で言った。
「本当に素晴らしいな、よいものが見られてよかったね、エリーゼ」
「お母様でさえドキドキしてしまうもの……本当に素晴らしい宮殿ですこと。エリーゼが喜んでくれてよかったわ」
 父母は暢気に笑っていた。本気で娘が未来の王妃になるなんて考えていないからだ。
 気の弱いエリーゼは父の腕にしがみついたまま、無言で頷いた。
 そのとき、たくさんの従者につき従われて、ほっそりした男の子が迎賓室に入ってきた。
 ——王子様だ!
 エリーゼは事前に教えられたとおりに、ドレスの裾をつまんで深々と頭を下げる。
「顔を上げろ」
 まだ幼さの残る声で命じられ、エリーゼは頭を下げたまま父の様子をうかがう。
「王太子様にご挨拶しなさい、エリーゼ」
 父の言葉で、エリーゼは勇気を出して顔を上げた。
 ——この方が、グレイル様……。
 エリーゼの目の前にいたのは、金灰色の髪に、琥珀色の目の、けぶるような目をした男の子だった。
 十三歳とは思えないような、大人びた冷淡な眼差し。
 顔立ちは人形のように整っているのに、厳しい性格であることがひしひしと伝わってくる。
 怖がりのエリーゼの目には、グレイルが美しく恐ろしい猛禽のように映った。
 ——怖い。どうして私を睨んでおいでなの。
 穏やかに育てられた箱入り娘のエリーゼは、男の子に睨まれた経験などない。三人いる従兄も、皆とても優しいからだ。
 グレイルの鋭い目をまともに見られず、思わず目を伏せてしまう。
「なぜ俺の目を見て挨拶しない?」
 グレイルの厳しい声に、エリーゼはますます怯えてすくんだ。
「ご、ごめんなさい、グレイル……さま……」
 グレイルは、勇気を振り絞って『淑女の礼』を取ったエリーゼに向けて叫んだ。
「婚約者候補になりたくないなら、無理をしなくていいからな!」
「え……あ……」
 グレイルのお付きの大人たちがざわつき始める。だが、グレイルは眉一つ動かさず、震えるエリーゼに告げた。
「聞いているのか、無理しなくていいと言った。俺は心にもない笑顔で機嫌を取られるのが嫌いだ」
 あまりのことに頭が真っ白になった。涙がぼろぼろと溢れてくる。
 ——こ、こわい……どうしよう……私がいけなかったんだ……。
 多分、エリーゼは挨拶を失敗してしまったのだ。王子様に対して失礼を働いてしまったと思うと、怖くて涙が止まらない。
 涙が止まらず、エリーゼはぎゅっと唇を引き結んだ。
 ざわめいていた大人たちの視線が、エリーゼに突き刺さる。
 しかし、次の瞬間エリーゼに届いたのは、グレイルの発した予想外の一言だった。
「なぜ、このくらいで泣くんだ?」
 眉をひそめ、グレイルが首をかしげる。その時、そっと父が歩み寄ってきて、泣いているエリーゼを抱き寄せてくれた。
「殿下、申し訳ありません。エリーゼはまだ幼く、殿下へのご挨拶がなっておりませんでした。家でもっと練習させればようございましたね」
 父の取りなしに、グレイルは早口で吐き捨てる。
「いや、挨拶は下手じゃなかった。ただ、嫌なくせに、俺のご機嫌伺いにわざわざ来なくていいのにと思って……」
 言いかけたグレイルは、まだ泣いているエリーゼに静かに命じた。
「俺がきつく言いすぎた。もう泣くな」
 びくりと身体を震わせるエリーゼに、父が優しく言った。
「大丈夫、殿下は怒っていらっしゃらないよ」
 父にしがみついていたエリーゼは、おそるおそる顔を上げた。
 グレイルはまだエリーゼを睨んでいる。だが、その美しい目には、ちょっと困った表情が浮かんでいた。
 ——怒って……ないの……?
 グレイルは苛立ったように言った。
「これから俺が庭を案内し、四阿で菓子をご馳走する。婚約者候補のことは、皆同じように歓迎している。俺はどの令嬢も公平に扱うつもりだ」
 そして、まだ震えているエリーゼに、小さな声で言った。
「……俺は怒っていない」
 エリーゼは頷き、父母を振り返る。両親は心配そうな顔をしながらも、笑顔でエリーゼに頷いてみせた。
「一緒に遊んでいただきなさい」
 父が励ますように明るい声で言う。
「グレイル殿下、娘が何か粗相をしましたら、すぐに私をお呼びくださいませ」
 母は穏やかな声で、グレイルに言い添えてくれた。
 ——お父様とお母様は、行って大丈夫だって……。
 エリーゼはまだ震えながら、よろよろとグレイルに歩み寄った。
「こっちだ」
 そう言ってグレイルがくるりときびすを返す。
 慌てて追いかけようとしたエリーゼは、絨毯の上で転んでしまった。
 再びぶわっと涙が溢れた。
 また失敗してしまって胸がつぶれそうだ。恥ずかしくて悲しい。
 ——もう、おうちに帰りたい。
 転んだまましくしく泣き出したエリーゼの上半身が、ひょいと抱え起こされた。
 エリーゼを真っ先に抱き起こしてくれたのは、父母ではなくグレイルだった。
 床にへたり込むエリーゼの前にかがみ込み、グレイルが顔を覗き込んでくる。
「大丈夫か、痛いところは?」
 まさか王子様が自ら助けてくれるなんて。さっさと立て、と怒られると思ったのに。
 エリーゼは内心驚きつつ、グレイルの問いに答えた。
「な……ない……です……」
 ふかふかの絨毯のお陰で、怪我はない。顔を上げると、駆け寄ってきた父母が、すぐそばで心配そうにエリーゼを見守っている。
 エリーゼは勇気を出して立ち上がった。両親が、ほっとした顔になる。
 グレイルはほっそりした手を差し出し、エリーゼの小さな手を握った。
「もう転ぶなよ」
 グレイルの冷たい綺麗な顔が、不意にほころんだ。
 突然の笑顔にびっくりして涙が止まる。
 ——グレイル様が笑った?
 素直に頷いて見せると、グレイルがエリーゼの手を取ったまま歩き出した。
 入り口に控えていた侍従が二人がかりで、両開きの大きな扉を開けてくれた。グレイルはエリーゼの手を取ったまま、悠然と部屋を出ていく。
 後ろから、大勢のお付きの人がついてきた。グレイルはしばし足を止め、彼らを振り返って命じた。
「この子は俺が面倒を見るから大丈夫だ」
 グレイルの一言で、大人たちはみな立ち止まり、深々と頭を下げた。
「かしこまりました」
 ——み、みんな、王子様の言うとおりにするんだわ……すごい……。
 グレイルは再び悠然と歩き出す。なんと背筋の伸びた見事な歩き方だろう。等間隔で衛兵が並ぶ廊下を歩き、グレイルとエリーゼは庭に出た。
 すぐ前に、白亜の大理石でできた、美しい四阿があった。真っ白な支柱には緑の薔薇の蔓が絡まり、大輪の白薔薇をこぼれんばかりに咲かせている。
 四阿の下には身なりのよい侍女が二人いて、テーブルの上にはお茶とお菓子の準備がされていた。
「噴水を見に行くか、それとも先にお茶を飲むか、どうする?」
 四阿から、お茶のいい香りとお菓子の甘い匂いが漂ってくる。思わずそちらに視線を投げかけると、グレイルが口の端をきゅっとつり上げた。
「菓子だな」
 エリーゼはそっとグレイルの表情をうかがった。
 大人たちに囲まれていたときより、大分表情が和らいでいる。
「俺も空腹だったから、そうしよう」
 そう言って、グレイルは四阿に歩み寄り、上座の椅子を引いてくれた。
「どうぞ、エリーゼ嬢」
「ありがとう……ございます……」
 エリーゼがちょこんと椅子に座った刹那、白薔薇のヴェールが垂れ込めた四阿に、明るい光が差し込んだ。
 グレイルの灰色がかった金の髪が、水晶の粉を振りかけたようにキラキラと輝く。大きな琥珀の瞳は、宝石のように陽光を反射した。
 ——とても綺麗なお顔……。
 明るい日の下で見たグレイルの美貌に、エリーゼは思わず見とれてしまった。
 素敵な王子様に、素敵なお庭。素敵な茶器。
 何もかもが絵本で読んだ『お姫様』のお話のようだ。
 嬉しくなってにっこり笑うと、グレイルが形のよい目を大きく見張る。
 なぜグレイルは驚いているのだろう