立ち読みコーナー
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「えっと……?」
「まだわからないか?」
 漆黒の双眸が、悪戯に煌めく。
「まったく、お前は本当におもしろいな。薬に食に─『健康』を作ることにかんしては皇帝の侍医にも劣らぬ知識を持ちながら、こちらについてはこうも疎いとは。同じ人間の身体のことだぞ?」
「え……?」
「だれが、排泄の世話をしろと言った。初日にそれは拒んだろう、私のほうがな」
「えっ!?」
 翠玲はさらに目を丸くした。そうとばかり思っていたからだ。
「ええっ!? 待って。でも……」
「尿瓶の件は忘れてないぞ。わりとしつこく根に持っている。なぜなら、あれほど矜持を傷つけられたのははじめてのことだからだ」
「…………」
 たしかに天絳は、排泄の世話をされることは頑として拒んでいた。まだ身を起こすのもやっとな状態の時から、排泄の際に翠玲の力を借りるのは、外に出ることのみ。
「でも、だって……下のお世話って言ったら……」
「たしかに、疾医の娘のお前が一番に思いつくのは、それだろう。だが、下半身の世話は、排泄だけを指した言葉ではないはずだ。まだわからないか?」
 戸惑う翠玲を楽しみながら、天絳がさらに悪い顔をして笑う。
「男は、命が危うくなると射精したくなるものだ。己の種を……子孫を残すためにな」
「ッ……!」
 耳を疑う。翠玲は唖然として天絳を見つめた。
(今、なんて言った─!?)
「幸い、命の危機は去ったが……しばらくそういうことをしていないのでな。早い話が、私は暇と欲を持て余している」
 驚くほど率直な自己申告に、かぁっと顔が赤らむ。
「そ、そんなこと言われても……。それに天絳、そっちは食傷気味だって……」
「食いすぎて腹を壊したからといって、一週間以上も食事を抜けば、普通に飢えて死ぬ。そういうものだろう?」
「っ……それは……」
「それに、食傷気味だったのは、『女』にだ。『下の世話』で膝に乗るように求められてもまだピンとこないような『子供』ではなく」