立ち読みコーナー
目次
320ページ
プロローグ     5
1.業火       8
2.夜市       77
3.温泉       130
4.疑心       197
5.半身       247
エピローグ     309
あとがき      314
「夜の山は冷える。─おいで」
 仄かなランプの明かりでは、圧倒的な暗闇を払拭することができず、辛うじて物の輪郭が捉えられるだけだ。
 けれど彼が大きく腕を広げたことは、ジュリアにもはっきりわかった。
「私に密着していれば、絶対に獣は近づいてこない。─安心して眠りなさい」
 引き寄せられるままジュリアがリントヴェールに身を預ければ、彼の腕とマントですっぽり全身が包み込まれた。
 温かくて、安心する。うっとりするほど気持ちがいい。
 そのまま二人抱き合って、布の上に転がった。
 見上げた空には、樹々の間から満天の星が見える。月は間もなく満月なのか、やや歪な円を描き銀色に輝いていた。
「……リントヴェール様の色……」
「え?」
「貴方の髪色みたいで、月が綺麗です……」
 ジュリアが寝そべったまま天に手を伸ばせば、彼が頭上を振り仰いだ。
 思えば、こんなふうにゆったりと夜空を眺めるのは、とても久し振りだ。
 王都に出稼ぎで来て以来、夜は疲れきって眠ることが多かった。それに、田舎よりも夜が明るい町では、星も月も地上の喧騒と煌びやかさに霞んでいたのかもしれない。
 それともジュリアの心に余裕がなかったから、空を見上げることすら忘れていただけなのか。
 ─変なの。今の方がよほど余裕なんてないのに……
 殺人者に追われ、逃げ惑っている状態で、まさか夜空を鑑賞する時間があるとは思わなかった。
 それもこれも、リントヴェールが守ってくれるとジュリアが信じているから。信頼できる人が隣にいてくれるおかげで、束の間穏やかな心地を取り戻せたのだ。